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コーポレートガバナンス(企業統治)とは |
| | コーポレートガバナンスとは、「企業経営(マネージメント)より上位にある概念で、マネージメントが企業の目的を達成するためのさまざまな戦略や戦術の選択と実行に関わるものであるのに対し、ガバナンスは企業の目的そのものの決定に関わる制度であり、経営が適切に行われているかどうかをチェックする制度である。」と定義されています。 |
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コーポレートガバナンス(企業統治)がクローズアップされた背景 |
| | コーポレートガバナンスが社会的関心事となった直接的なキッカケはバブル崩壊とそれに続く一連の不祥事(証券会社の損失補填、ノンバンクへの不正融資等)であった。
これに加えて経済のより一層のグローバル化が求められ、グローバルスタンダードとしてアメリカ型のコーポレートガバナンスが海外機関投資家(カルパース等の株主)から求められる様になった。
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コーポレートガバナンス(企業統治)再構築のネライ |
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| @ | 経営者の独裁・暴走によって経済犯罪が発生しないような仕組みを作る。又、「良識ある企業市民」であることが実現できる仕組みを作る。 |
| A | 企業目的をより効率よく果たすための仕組み(経営の機能分担)を作る。 |
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コーポレートガバナンス(企業統治)のための仕組み |
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| 1. | 会社は私達一人一人と同じ人間(法人)です |
| | まず最初に、会社というものについての認識をはっきりさせたいと思います。
最近は、日本でもアメリカ流の「会社は株主のものである」という考え方が、広がってきています。日本では会社のことを法人とも呼んでいますように、会社も一人の人間と同じであるという思想があります。これは「会社は誰のものでもない。会社は会社自身のものである。私達一人一人の人間が誰のものでもないのと同様に会社は誰れのものでもない」という考え方です。この「会社は一人の人間(法人)」という考え方に立ちますと、人間としての会社は何の為にこの世に生き続けるのかという命題が発生します。これに対する常光の考えは、第2章使命のところに記したように「経営の指針の具現化」という事です。
結論 常光は会社は一人の人間と同じであると言う考え方に立ちます。
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| | 2. | コーポレートガバナンス(企業統治)の根幹は「良識ある企業市民」 |
| | 会社は、私達一人一人と同じ人間ですから、自分の価値観をもちそれに従って判断し、行動します。その時問題になるのが会社自身がもっている価値観の中身です。会社も一人の人間(法人)として社会の一員ですから、その会社の価値観が社会の他の人々(他の会社も含む)から受け入れられるものでなければなりません。社会人として社会生活をするに当たって、私達一人一人がもっている倫理観・道徳観・価値観等が社会に受け入れられるものでなければならぬのと全く同じことです。
私たち一人一人は、他の人々から「良識ある社会人」であることを期待されています。又、私たちも他の人に対して「良識ある社会人」であってほしいと期待しています。この様に一人一人の人間が社会に受け入れられる大前提は「良識ある社会人」であるということです。
会社(法人)についても全く同じことです。会社も社会に受け入れられる為には「良識ある企業市民」であることが大前提です。
この前提が崩れることによって発生した企業の経済犯罪は枚挙にいとまがありません。
10年以上前に発生した大手証券会社による重要顧客に対する損失補填にはじまり、雪印事件、全農フーズ事件、武富士事件、外務省事件、北海道警事件、鈴木宗男事件、海外ではエンロン事件等々、最終的に倒産という最悪の事態になった事件多数あります。
今後常光が、30年・50年・100年と生き続けていく為の大前提は、常光自身が「良識ある企業市民」であり続けることです。
この点を役員・管理職・社員全員がよくよく理解し認識しましょう。
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